グルメ探検と紹介 食べ物: 2010年3月アーカイブ

 

横浜のすかいらーくグループ「藍屋」い、時々立ち寄るのですが・・・

  その中でのおすすめは・・

 

パフェは好きなのですが・・・

  中身には、色々と各店のこだわりがあるのです

 

    チョコフレークが入ってるお店が大半

     中にはババロアがあるお店も・・・

 

       その中身が苦手な管理人が見つけたパフェ

        

            すかいらーくグループの藍屋さん

                苺が乗っている、パフェです・・・・

 

P1130717.jpg

 

そうなのです。

    スポンジケーキがあります・・・

       ババロアもカリカリのお菓子も入ってないのです・・・

  メニューに

   パフェとサンデーとありますが

     その違いは、「パフェが細長い容器が使われ、サンデーが丸い容器が使われる」らしい・・・

     

 

             大満足な、デザートを発見しました

P1130716.jpg

 

フリー百科事典

 

 

★パフェのウンチク★

 

パフェ(仏:parfait)とは、デザートの一種である

 

●特徴

背の高い透明なグラスにアイスクリームとフルーツを盛りつけ、生クリーム、バタークリーム、チョコソース、グラノーラ、ナッツなどの具を加えたデザートである。

よく似たデザートにアメリカ合衆国発祥のサンデー(sundae)がある。日本では、パフェとサンデーの違いは、「パフェが細長い容器が使われ、サンデーが丸い容器が使われる」「サンデーは昼間のデザート、パフェは夕方以降のデザート」......など、様々な説があるが、明確な違いはない。また、安息日である日曜日に贅沢なパフェを食べることを嫌ったことから、日曜日にも売れるようにより質素に作ったサンデーが登場したという説もある。

なお、現在、日本で食べられているパフェは日本独自に発展していったものである。

語源

「完全な(parfait)(デザート)」という意味だと言われる。フランスのバルブ(parfait)は、卵黄に砂糖やホイップクリームを混ぜてから型につめて凍らせたアイスクリーム状の冷菓に、ソースや冷やした果物を添えて皿で供するもので、日本やアメリカ合衆国におけるパフェとは異なる食べ物である。このパルフェにさまざまに手が加えられ、現在のパフェが完成したと考えられている。

パフェで有名な地域

 

岡山市

フルーツパフェ

岡山市の岡山商工会議所は、岡山県が「晴れの国」と呼ばれるほど気候が良いために果物などの農作物がよく取れるので「フルーツ王国」と呼ばれることに着目、女性からの支持も視野に入れてフルーツパフェをご当地グルメとして街おこし・観光アピールを行っている。岡山はフルーツ王国の異名通り、年中新鮮な各種果実が豊富に揃うため、季節ごとにいろんなフルーツパフェが楽しめるなど、バリエーションが増やせるメリットがある。

このプロジェクト「フルーツパフェの街おかやま」に賛同するホテルや飲食店、和洋菓子店など全51店舗で、岡山県産の旬の果物を主材料にしたパフェを創作・販売、「パフェの街」をアピールする。

松山市

とんかつパフェ

愛媛県松山市内のある老舗トンカツ店でメニューの一つとして提供されていたものであるが、市民の間で人気となり、その後全国的に知られるようになり、とんかつパフェをご当地グルメ・新松山名物として観光の目玉の一つとしている観光客もいる。

長崎県大村市

パフェ&レストラン ハワイ

長崎県大村市内にある「パフェ&レストラン ハワイ」は459種類(2009年10月現在)ものパフェがメニューに並ぶ。その数は恐らく日本一。また、日本においてパフェの種類が増えるきっかけになったレストランでもある。

種類

  • チョコレートパフェ・フルーツパフェ・ミックスフルーツパフェ ・バナナパフェ ・ストロベリーパフェ
    • マンゴーパフェ ・白桃パフェ ・ピーチパフェ ・ブドウパフェ・キウイパフェ ・メロンパフェ
    • 柿パフェ ・アップルパフェ ・梨パフェ ・サクランボパフェ ・
    • 柑橘類のパフェ(ミカン、グレープフルーツ、オレンジ等)
  • チズパフェ ・ヨーグルトパフェ ・プリンパフェ ・抹茶パフェ・ミンブランパフェ ・ミルィーユパフェ
  • ティラミスパフェ ・カボチャパフェ

フリー百科事典参照 

 

 

 

 

 2010.3.8

  お好み焼き きんちゃん の続きの もんじゃ 編

 

 

 明太 餅 チーズ ベビースターのもんじゃ です

P1140900.jpg P1140901.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マズ、具を良く混ぜます

 具材を先に、鉄板に載せます

  ここで、野菜などに火を通します・・・・   しんなりしたら、ヘラで細かく野菜を切ります

                             きる理由は、もんじゃ を食べやすくするためです

P1140903.jpg

P1140904.jpg

  

 土手を造ります

  ドーナツ型にして、整えます P1140905.jpg P1140906.jpg

 その、土手に 残りの粉を溶かした液を注ぎます・・・

    このとき、粉の液に、ウスターオースを忘れずに、お好みの分量を加えます・・・

  

P1140909.jpg P1140910.jpg

 土手から、こぼれても  気にせずに・・・

   ジユワー  となってきたら  全体を混ぜ合わせます

     大きく鉄板全体に広げてください・・・

       小さな、ヘラで各自 鉄板から直接、口に運びます 

 

P1140911.jpg

 

P1140919.jpg

 

  

P1140922.jpg

 

 透明感がでたら、食べれます

 

  お好みで、薄くするもの美味しいものです

  

   管理人は、おこげ が大好きですが

 

 

 

 

もんじゃ焼き(もんじゃやき)は、小麦粉を主体とした材料を鉄板で調理する日本の料理。「もんじゃ」とも呼ばれる。

関東地方で多く食べられ東京のものが有名であるが、もんじゃ焼きを食べる地域は日本各地にあり、各地の特徴がある。

概要

お好み焼きの原型となった料理で、もともとは主に間食(おやつ)として食べられていた。小麦粉を溶かす水の量が多く、またソースなどの調味料を一緒に混ぜ込んでしまうのが特徴である。鉄板にコテで抑えつけて焼きながら食べるので、鉄板に接する外部は食感がパリッとしているが、押さえつけが足りない部分などはトロッとしている。

東京の下町と埼玉県南部・東部、群馬県東部と栃木県南部に店が多い。

もんじゃ」と呼ばれる事も多く、「もんじやき」「ぼったら」「ぼった」と呼ぶ地域もある

 

歴史

起源は、江戸中期の江戸で作られた仏事用菓子「麩の焼き(ふのやき)」であるといわれている。その後、麩の焼きを起源として江戸末期から明治にかけ、味噌の代わりに餡を巻いて作る「助惣焼」が生まれる。この食べ物は東京・大阪で大流行し、明治時代には「もんじゃ焼き」「どんどん焼き」が生まれた。1819年刊『北斎漫画』に、「文字焼き屋」の挿絵があり、この時代既に江戸にもんじゃ焼きに類するものがあったことが分かっている。焼くときにタネで文字を書いて遊んだことから「文字焼き」と呼ばれ、「もんじ焼き」これが「もんじゃ焼き」となったとの説が有力である。東京都台東区浅草近辺が発祥地とされる事が多いようである。過去に盛んであった隅田川の物流、近代開通した地域の大動脈である東部伊勢崎線、旧奥州街道である国道4号などの集積地であるこの付近を基点に、関東の他の地域に伝播したと言われている。(異説もあり。群馬のもんじゃ)

後に、このもんじゃが変化して「お好み焼き」「どんどん焼き」が出来上がった。

駄菓子屋ともんじゃ焼き

近年では数を減らし続けている東京・下町の駄菓子屋には、昭和初期から昭和40年代ころまでは大抵、もんじゃ焼きの鉄板があった。昭和20年代は物資が欠乏していたため、単にうどん粉を水で溶き、味付けしただけのものが多かったが、昭和30年代も中頃をすぎると、キャベツはもちろん、切りイカなど具の種類も増えていった。お金に余裕がある時は、駄菓子屋で売っている、餡子玉や干したイカ等を上に乗せて食べていたが、何と言っても、もっともポピュラーなトッピングの材料は、ラメックなどのラーメン菓子であった。元々が駄菓子屋で売られた食べ物であるから、具材に生物が使われたものは無かった。このように、もんじゃ焼きはかつて、下町を中心とした子供達に親しまれていたが、近年は食文化の変遷から子供達の食べ物としてのもんじゃ焼きが遠のいてしまった。近年、東京下町の伝統的な食べ物として全国的に認知されるようになった反面、その客層が観光客やサラリーマンなどに代わり、酒のお供として食されるようになった。駄菓子屋自体が激減している昨今ではあるが、相変わらず現存する駄菓子屋もんじゃもあり、1杯あたり80円〜300円といった昔ながらの価格で提供されている。店によりけりではあるが、価格差は量の違いであり、種類は上記昭和30年代のタイプの1種類というのが基本である。

 

 東京のもんじゃ

東京のもんじゃは、東京都全域に分布しているわけではなく、比較的特定の区域に集中している。特に下町地区に多く、今でも一般的に食べられる。古い店があるのは墨田区・江東区台東区北区足立区荒川区等で、足立区の西新井には出没!アド街ック天国でも紹介された駄菓子屋もんじゃが2店現存する。駄菓子屋もんじゃには不可欠とも言われるラメックだが、厳密にはかなり類似したベビーラーメンという(ベビースターの過去名と同等だがそれとは異なると思われる)小売としては販売していない業務用のそれを用いて、当然ソースもユニオンソースを使用し、当時と変わらぬ味を提供している。ただし、観光地として有名なのは、もっぱら月島と浅草である。

山の手地区においても、繁華街では、もんじゃ焼きの店は確認できる。ただし、もんじゃ焼きはそもそも山の手の食文化ではないため、同じ東京都内でもこれらの地域への浸透は低い。店舗も近年オープンした日の浅いものが多いようである。

 

●月島●東京都中央区月島の「西仲通り商店街」は主に観光客によって「もんじゃ焼きの街」の「もんじゃストーリー」と呼ばれ観光客で賑わう。今はもんじゃ店が75店ほどあるが、歴史のある店は数店であり、他の店は1980年代後半の「もんじゃブーム」で他の商店からもんじゃ屋にくら替えしたケースが多い。もんじゃ焼きの店舗でも、お好み焼きをも供するのが一般的である。「いちごみるくもんじゃ」など新しいもんじゃが発売されている。

●群馬地方のもんじゃ東京地方と群馬地方のものは若干内容が異なる。群馬ではキャベツは小麦粉を溶いたタネの中に具をすべて混ぜて焼き、具で土手は作らない。また、具の量も非常に少なく、そもそも土手にできるほどは入っていない。ただし、専用のヘラは、東京も群馬も同じものを使用する。味付けは、タネの中に直接、ソースまたは醤油を入れる。伊勢崎市では、隠し味としてかき氷に使われるイチゴシロップを入れ甘辛くすることが多いようである。カレー粉を入れた「辛」もある。東京の浅草を基点とする東部伊勢崎線により、途中埼玉に伝播しつつ、浅草から群馬に伝わったとも言われている

 埼玉県のもんじゃ久喜市をはじめ各地で食べられており、1970年(昭和45年)頃の川越では駄菓子屋に鉄板のテーブルがあり、もんじゃ焼きは子供たちのおやつであった。

讃岐のもんじゃ焼き 香川県の讃岐には、「讃岐のもんじゃ焼き」と呼ばれている料理がある。特徴は、具として讃岐うどんが入っている事と、焦がさずにとろっとした状態で食べる事である。

ダシにはいりこと昆布ダシを使用する。具材でどてをつくり、その後ダシを入れてよく混ぜ合わせ、水分を蒸発させる。

 フリー百科事典参照

 

2010年6月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

このアーカイブについて

このページには、2010年3月以降に書かれたブログ記事のうちグルメ探検と紹介 食べ物カテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはグルメ探検と紹介 食べ物: 2010年2月です。

次のアーカイブはグルメ探検と紹介 食べ物: 2010年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261