料理・レシピ: 2010年1月アーカイブ

 

 一品足らないときに、サツマイモが1本あれば、簡単なサラダの完成です

 

 

材料

 さつま芋 200g(写真は600gあります)

 

ソース

マヨネーズ 大さじ2杯

練りわさび 少々

醤油    小さじ1杯

白ごま お好みで

 

 

 今回の映像は、さつまいも600g使用ですから、上記の材料の3倍の調味料を使用してます

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 皮をむきます

 

 

 

 

 

                                                    

   さつまいもは  薄く千切りにします       水にさらしアクをぬきます                                                         

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 電子レンジにいれます  芋200g→3分で完成

 お好みで、調節してください

クックマジックの登場 この器が超便利なのです

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 電子レンジで、お芋を加熱してる間に、ソースを混ぜ合わせます。

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 さつまいものあら熱をとります。

 蒸気をとばすと、べたべたしません。

  そこに、ソースを絡めます

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              完   成

 白ゴマを、かければ完成です。

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★サツマイモウンチク★ 

·                 1604年、琉球王国(現在の沖縄県)に伝わる。野國総管(明への進貢船の事務職長)が(今日の中国福建省付近とされる)からの帰途、苗を鉢植えにして北谷間切野国村(現在の沖縄県中頭郡嘉手納町)に持ち帰り、儀間村の地頭・儀間真常が総管から苗を分けてもらい栽培に成功、痩せ地でも育つことから広まった。野國総管は芋大王(うむふうすう)と称えられるが、サツマイモを持ち帰ったこと以外は、よく知られていない。

·                 後に麻平衡・儀間親方真常によって琉球全域に広められ、王国民を飢餓から救ったと伝えられている。

·                 1609年薩摩(現在の鹿児島県)藩主・島津家久は、江戸幕府の許可を得て琉球を攻め、幕府による鎖国が続く中、琉球からの年貢および明、清との交易を通じて、異国の文物、情報を得ることになる。

·                 その後尚寧王より薩摩へ、また1698年には尚貞王より種子島へ送られ、種子島久基の命により種子島での栽培が始まった。なお、三浦按針1615年平戸長崎県)に持ち帰り九州で栽培が始まった。

·                 1705年1709年とするものもあり)、薩摩山川前田利右衛門は、船乗りとして琉球を訪れ、甘藷を持ち帰り、近隣に広めて「カライモ」と呼び、やがて薩摩藩全域で栽培されるようになった。利右衛門は民間人として初めてサツマイモの栽培を広めたとされ、「甘藷翁」として地元であがめられ、サツマイモの神様として祭られている。

·                 1732年享保の大飢饉により西日本が大凶作に見舞われ深刻な食料不足に陥る中、今日の長崎県鹿児島県では餓死者を出さなかったといわれ、サツマイモの有用性を天下に知らしめることとなった。八代将軍・徳川吉宗はサツマイモの栽培を関東に広めようと決意する。そして起用されたのが、青木昆陽であった。当時、彼は儒学者としての才能は評価されていたが、その才能を買っていた八丁堀与力加藤枝直が、町奉行・大岡越前守忠相に推挙、昆陽は、同じ伊藤東涯門下の先輩である松岡成章の著書『番藷録』や中国の文献を参考にして、サツマイモの効用を説いた「蕃藷考」を著し、吉宗に献上した。

·                 1734年、青木昆陽は薩摩藩から甘藷の苗を取り寄せ、「薩摩芋」を江戸小石川植物園下総幕張村(現千葉市花見川区)、上総九十九里浜の不動堂村(現九十九里町)において試験栽培し、1735年栽培を確認。これ以後、サツマイモが関東一円に広がるきっかけをつくった。その後、サツマイモは東日本にも広く普及するようになる。

·                 幕末から明治期には川越赤沢仁兵衛が実験・研究しまとめた「赤沢式甘藷栽培法」によって収穫量が劇的に増加する。

このように、サツマイモは飢饉時に多くの人を飢えから救ってきた。

·                 1898年埼玉県木崎村の主婦山田いちが、従来のサツマイモより遙かに甘い突然変異種・紅赤を偶然発見する。サツマイモの位置づけが、飢饉食から美味しいおやつへと変わる第一歩である[1]

·                 各地にサツマイモの伝来の逸話がある。→ 愛媛県大三島では1711年にサツマイモを伝えその後の飢饉を救った下見吉十郎を顕彰した「いも地蔵」、隣の広島県大崎上島沖浦の恵比寿神社にある「さつまいもの碑」など。

·                 サツマイモは栽培しやすいことから、太平洋戦争後の食糧難の時期にも、国民の食を支えてきた。しかしながら、食糧事情が良くなるに従って、次第に果樹等に置き換わり、サツマイモはあまり顧みられなくなった。一方、品種改良によって甘みを増した事から、むしろ飢饉食・主食の代替というより、おやつ、お菓子の原料とみなされるようになった。

·                 近年、健康食品や、いも焼酎の原料として注目されている。

(出典:さつまいも通信さつまいも通信 参考文献:薩摩藩「三国名勝図絵」ほか)

 

北海道の名産「イカ飯」

  デパ地下の「北海道物産」催場でよく見かける・・

 

そこで、スーパーで新鮮なイカを発見したら挑戦したくなったのです

 味は、なかなかの出来上がりです

   自宅での調理なら お好みで味を調整できますから・・、最高です・・

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

   材料(4人分)

      もち米・・1合

      白米・・・1合

      するめいか(大)・・3杯

 

   A だし汁・・・・600cc

     酒・・・・・・・60cc

     みりん・・・・60cc

     しょうゆ・・・60cc 

  

   いかの煮汁・・・200cc  

   水溶き片栗粉・・大さじ1杯(同量の水で溶いた片栗粉)

   しょうがの搾り汁・・・小さじ2杯

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   今回は、いか2杯での写真説明となります・・

 

 

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1.もち米と白米を別々に洗った後、よく混ぜ合わせてザルにあげておく。

 

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2.イカは、足とワタを取り除きます

 

 胴体と足をよく洗います

 

 水気をとります

 

 

 

 

 

 

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2のいかの足を細かく切ります

1のもち米+白米の米に混ぜ合わせます

 

 

 

 

 

 

 

   

 

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いかの胴の中に

3の米を、7分目位まで詰める

 

スプーンを使うと便利です

 

 

 

 

 

 

 

 

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5  口をつまようじでとめます 

 

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6 圧力なべに、材料Aを入れます(年末にT-falを買ったのです・・うれしいな ティファール)

 

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5のいかを並べます

蓋をして18分加圧します

 18分の加圧時間後、

    火を止めて自然放置します

 

 

 

 

 

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自然放置後の圧力鍋の中です

 

別鍋に煮汁を200cc取り分けます

 

 

 

 

 

 

 

 

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          9   煮汁を200ccに 水溶き片栗粉で軽くとろみをつけます

                        仕上げにしょうが汁を入れます

 

 

 

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10

いかを取り出して、ようじをはずします

中身が出ないように切り分けます

 

 

 

 

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11

 

 いか飯に煮汁をかけます

 

 

 

 

 

 

 

 

                                完成です

 

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■いかめしのウンチク■

烏賊飯(いかめし)は、イカを使った北海道渡島(おしまのくに)地方の郷土料理。

下足(げそ)を取り外し、腹ワタを取り除いた烏賊の胴身に洗った米を詰め込み、爪楊枝等で米が飛び出さないように留めた後、醤油ベースの出し汁で炊き上げたもの。胴身に詰める具材として、下足を細かく刻んだものや筍など山菜類を入れることもある。渡島地方以外でも百貨店などでレトルトパックになったものが入手しやすい。また、地方色を感じさせる味覚として駅弁にもなっており、有力な観光資源でもある。

歴史函館本線森駅の駅弁調製業者だった阿部弁当店(当時・現在はいかめし阿倍商店)が、第二次世界大戦中の1941年、戦時体制による食糧統制で米が不足していたために、当時豊漁だったスルメイカを用いて米を節約しても作れる料理として考案したとされている。その後、1966年に京王百貨店で『第1回元祖有名駅弁と全国うまいもの大会』が行われ、阿部弁当店はこの大会に烏賊飯を出品した。第2回には早くも売り上げ1位となり、以後同大会をはじめとする「駅弁大会」の常連となった。このため、「いかめし」は徐々に森町名物あるいは北海道名物として全国的に知られるようになった。現在では、いかめし阿部商店以外の業者も製造販売しており、駅弁大会・北海道物産展などの催事や通信販売で容易に入手できるものとなっている。

★北海道以外のいかめし★本州でいかの産地ではこ種の駅弁が販売されてます。

  特に新潟県長岡駅で販売されているものが有名であり、東京駅八重洲中央口のNREが運営する駅弁売店でも販売されてます。いかめしのまるぶ本舗ではウェブ販売されてます(フリー百科事典参照)

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