探検・挑戦・色々・何となく・不思議なこと・・: 2010年6月アーカイブ

横浜は午後7時ころから雨

  天気予報でも、雨だったのです

 

    用事があり、自家用車で出かけたかったのですが・・・

      そばにはあいにくに駐車場がなく・・・

         そこで、ミニカーの出番です

 

今まで、雨の日には乗ったことがなかったのですが・・

   今回は、雨体験をしました。

 

 

結構すごい・・雨には足だけぬれて、そのほかはぬれずにすみました

 

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結構お役立ちでした。

 

以前に紹介したのですhttp://yokohama-runrun.jp/2009/04/post-48.html

 

 

 

 

 

 

                                                            

 2010.6.6 日曜日夕方・・・

  横浜市磯子区JR洋光台駅前のみどりの窓口に行きました・・・

 

 

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 駅前は、小学生のクラブの子供が数人いました

みどりの窓口で用事を済ませて、

  駅前ロータリーにきたら・・・

    大変なことになってます・・・

 

 

 

 

 

 

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 人ごみで歩けません・・・

何やら・・・

  その人ごみの中心にアイドル?らしき動きがあり

 

    ジーーーーと遠目で見ていたら・・・・

 

       発見

 

          可愛く・キュートな対象物です

 

  

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羊くん  タキシード姿でりりしい・・のです  

     たしかに、アイドル  

    ブーツ姿も愛らしい・・・

 

「ケータイはあなたの執事です・・・」のキャッチフレーズ 

「コンシェル」。

    「しつじのひつじくん」が登場 

 

 

 

 

 

 

 

 

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1組の中学生男子の行動が印象的・・・

  離れて・・見てたのです・・

 

     少しずつ・・・一歩一歩・・歩み寄り

 

      あぁあぁ・・・

 

 

 

 

 

 

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 握手してます・・・

  中学生男子でも握手するんだぁ

    男の子が可愛い・・・

  

かなり、ご満足な笑顔です・・・

 

 

 

 

 

  

 

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ひつじ君は、ドコモのお姉さんに連れられて・・・

  ドコモショップにご帰宅です・・・

 

その後姿を・・

  ジーーーと、いつまでも見送ってました・・

 

   男の子も、着ぐるみ好きなんだね・・ぇ

 

 

 

 

 

 

★着ぐるみのウンチク★  フリー百科事典 参照

着ぐるみ(きぐるみ)とは、人体着用ぬいぐるみの略で、人間が着用可能な大型のぬいぐるみを指す。友好親善イベントや遊園地のエンターテイメントショー、テレビ番組などで用いられる特殊衣類で、中に人間が入り、全身を覆い姿を変える演出で使用される。

 

概要 ●
着ぐるみとは人間の全身を覆う、等身大のぬいぐるみの総称で、怪獣など架空の生物や人間や、擬人化した動物を表現する方法として用いられる。ミッキーマウスやハローキティなどのマスコットキャラクター、擬人化した動物、怪獣、ロボットなどの造形が一般的である。

歌舞伎などの古典演劇、映画での特殊撮影技術の一つとして、または幼児向け子供番組の登場人物、特殊な演劇的表現として舞台演劇で用いられる。一般的には遊園地やテーマパーク、商品キャンペーンなどで幼児を相手にしたり、風船などを配布する作業など顧客サービスに従事している。

遊園地などでは専門のスーツアクターが入ることが多く、企業・団体のイベントでものスーツアクターを依頼することが多いが、経費を節減するため着ぐるみだけをレンタルし、主催企業・団体の職員やアルバイトが中に入る場合もある。その場合は、スーツアクターのような派手で大きなリアクションは期待出来ない場合がある(日常的に着ぐるみでサービスを行っている場合、逆に事実上の専門スタッフ化している社員などもごく一部ながら存在する)。また、自社オリジナルの着ぐるみを製作し、PRイベントに活用する企業も多い。

特殊な例としてはフジテレビ系子供番組「ポンキッキシリーズ」のレギュラーキャラクターであるガチャピンが有名である。番組内において、ガチャピンは様々なスポーツ等に挑戦している。よって中に入る人についてもそれぞれ各分野におけるエキスパートに依頼される事になる。日本代表クラスのスキルを持つ各種スポーツ選手、カヌー選手、ハンググライダーや体操選手の他、さらには宇宙飛行の訓練を積んだ専門家に至るまで、ガチャピンの中には他の着ぐるみと比較にならないほどたくさんの人が入れ替わりで入っていると推察される。しかしスタッフ側の見解としては「あくまでも『ガチャピン』は『ガチャピン』そのもの(中に人は入っていない)」と設定している。

全身を覆う着ぐるみはその造形上、内部は体温がこもって蒸れやすいうえに視界が悪く(前方か足下のいずれかしか見えないのが普通で、音も聞こえ難い)、汗をかいても頻繁には洗えないと言った短所がある。中に入ると思うように動けなくなるため通常軽装で入る。但し最低限Tシャツを1枚着ることが一種のマナーとなっている。通信用の無線やイヤホン、マイクなどが入っているものもある。また、最近では空気で膨らませた「エア着ぐるみ」というものが使われ始めている。これは内部に送風機とバッテリーを装着し、空気を外部から供給しながら膨らみつづけて形状を維持している仕組みである。(いわゆる風船とは違うものである。)この仕様の着ぐるみは丸っこく膨らんだキャラクターの形状を表現するのに向いていて、ゆるキャラの着ぐるみを作る際によく用いられる。

着用している人間の顔が見えるように造られている着ぐるみは、お笑い芸人やアイドルがコント・テレビCMなどで着用することが多い。またたらこキユーピーやご当地キティなどキャラクターの顔が見える着ぐるみのキャラクターグッズが近年流行している。なお、テレビ業界では顔の出ている着ぐるみのことを「かぶりもの」と呼ぶことが多く、顔の出ていない着ぐるみのことを「ぬいぐるみ」と呼んで区別している。

 「縫いぐるみ」か? 「着ぐるみ」か? ●
現在多用されている「着ぐるみ」という言葉は1980年代後半に生まれた比較的新しい言葉であり、現場サイドでは「縫いぐるみ」と呼ばれていることが多い。

語源としては、「特撮マニアが『着ぐるみ』という言葉を使い始めた」あるいは「とんねるずがテレビ番組で盛んに口にして広まった」など、色々な説が存在する。桂米朝は数年前、ラジオ番組で古い言葉をテーマにしたトークで、「この着ぐるみという言葉を最近よく耳にするが、以前は無かった言葉で、非常に違和感を覚える」と自ら話題を振ってコメントしていた。

こういった「全身被り物」キャラクターは、上述したように歌舞伎や狂言に祖を求めることもできるが、「特撮映画」においては、特撮映画の金字塔である「ゴジラ」シリーズ(東宝)が、主役怪獣の表現に縫いぐるみを多用していたため、「日本における特撮怪獣=縫いぐるみ」という図式が出来上がったと言われる。

第一作の「ゴジラ」(1954年(昭和29年))において特撮監督円谷英二は当初、戦前に製作された「キング・コング」(1933年(昭和8年))に倣って人形アニメーション(ストップモーション・アニメーション)による撮影を主張したのであるが、予算や撮影日数の限界から断念せざるを得ず、「縫いぐるみ」の手法を採ったのである。

こうして海外の特撮映画が「キングコング」以後も人形アニメ表現で発展したのとは対照的に、日本では「ゴジラ」以後、他社による怪獣映画(ガメラシリーズなど)においてもこれは踏襲され、このフォーマットは、後に続く「ウルトラシリーズ」や、「仮面ライダーシリーズ」、「スーパー戦隊シリーズ」など、テレビ番組においても引き継がれている。

この手法の表現であるが、「ゴジラ」の母体である東宝など特撮映画・番組の現場スタッフの間では、川北紘一、有川貞昌、中島春雄、村瀬継蔵、高山良策、古谷敏をはじめ、「縫いぐるみ」呼称をとる関係者は多い。

特撮ライターのヤマダマサミは「大ウルトラマン図鑑」(ホビージャパン刊)で、造形者から見た造形物としての「縫いぐるみ」と、内部演技者から見た造形物としての「着ぐるみ」としての呼称の発祥の違いを述べ、現場用語として現役である「縫いぐるみ」呼称の排除、「着ぐるみ」呼称への統一に異を唱えている。

 着ぐるみイベント ●
日本ではアニメなどのキャラクターによる着ぐるみに扮した者達によって行われる着ぐるみ寸劇イベントが存在する。着ぐるみ愛好者達もイベントを画像に収めようと遠路遥々参加するが、基本的に対象となる観客は幼児、小学生以下の子供であり、着ぐるみ愛好者達の間では暗黙の了解として、イベントにおける全ての優先権は子供にある、と考えられている。そのため、あるイベントでごく一部の着ぐるみ愛好者達が子供達を押しのけ、着ぐるみと強引に握手等をした事が問題になった。

また、着ぐるみイベントの司会者が着ぐるみ愛好者の者達を「大きいお友達」と呼んだ事から、「小さいお友達(主に幼児、子供)」「大きいお友達(主に愛好者を指す)」と観客を明確に二分する表現が出来た。

 着ぐるみによる演劇 ●
着ぐるみ表現による児童向け演劇を、最初に商業的に成功させた劇団としては、日本における影絵の第一人者である藤城清治主宰の木馬座があり、そのキャラクターケロヨンとともに有名である。既に解散したとはいえ、木馬座によるぬいぐるみ人形劇(着ぐるみ劇)の表現は、現在も活動中の着ぐるみ劇団に多くの影響を与えている。

着ぐるみによるイベントについては、特に舞台で演じられる演劇形式ものをマスクプレイ劇として区別する場合がある。マスクプレイの童話劇を観覧するイベントは、幼稚園など幼児教育の場においては情操教育の一環として現在では定番の一つになっている。

このマスクプレイによる童話劇を専門職として行っている代表的な存在としては劇団飛行船が挙げられる。マスクプレイミュージカルの専門劇団として40年を超える歴史を持つ老舗でもあり、人気アニメの舞台化のほか海外公演も行うなど、日本の着ぐるみを用いた芸能演劇の歴史を語る上では避けて通れない存在でもある。

他方、地域のボランティアなどで愛好者を中心とした小劇団が組まれ、童話などのマスクプレイ劇の活動をしている者も少なくない。

 着ぐるみを演じる人間からの位置付け ●
 
着ぐるみの頭部分のみを脱いで出てきた中の人着ぐるみに対する愛情を、異常性的指向やコンプレックス感情として片付けられるのを、愛好家は嫌う場合が多く、また現実問題として着ぐるみ愛好家の間でも着ぐるみに対しての位置付けは人によって違う。呼び方に関すると、着ぐるみを演じる人を「着ぐるまー」「内臓」「中の人」「Doller(ドーラー)」と呼んだりする。いずれも一般的な表現ではないが、古くからあった呼び名は「内臓」と「Doller」である。

「着ぐるまー」と言う呼称は、「着ぐるみ」をする事の意味の動詞「着ぐるむ(m)」に「er」を付けて「着ぐるまー(mer)」になった物である。「内臓」と言う呼称は、「外皮(着ぐるみの部分を皮と考える)」を着ている「中身(内臓)」と言う感覚である。これは、着ぐるみと中身がほぼ一体となった感覚である。「Doller」と言う呼称は、その名前の通り「Doll(人形)」を演じる人(er)である。

また、「内臓」と「着ぐるまー(Doller)」には二種類の願望が存在し、「動かない人形への願望」と「動く人形への願望」がある。「内臓」と「着ぐるまー(Doller)」を単純に比較する事は出来ないが、「内臓」と言う表現は現実の自分、生活の自分と着ぐるみが融合しており、「着ぐるまー」や「Doller」は「内臓」と比べ純粋な愛好心から来る高尚な表現となっている。

 一般的な着ぐるみ(主に動物型) ●
一般に想起が容易な着ぐるみ、特に動物の形をしたものは「Fursuit」(ファースーツ)と称され、主に海外(アメリカやヨーロッパ)での愛好者、ケモナーが多い。特にアメリカでは人間型の着ぐるみを「Kigurumi」と称し、Fursuitと使い分ける傾向にある。Fur(毛皮)という言葉が意味するとおり、動物を模したもこもこした感触の起毛処理が全身にかけて施されているのが特徴で、人間型の着ぐるみと方向性を異にする要素の一つである。アメリカではFursuitなどの動物型着ぐるみを主題としたコンベンションが数多く開催されており、大規模なコミュニティが存在している。その方向性も擬人化がある程度進んだもの(体型が人間に似ている)、児童向けにデフォルメされたものなど様々である。

 アニメスタイルの着ぐるみ(主に人型)●
 
アニメスタイルの着ぐるみの例。面の造形がアニメのキャラクターのようになっている着ぐるみの事を言う。基本的に目が大きく、鼻が小さく、口はキャラクターによって大きかったり小さかったりする。顔面の各パーツはデフォルメされており、写実的ではない。デフォルメは心理的な感覚(可愛い、美しい等)から来る誇張表現である。このような着ぐるみに入る人を先に述べている通り、「ドーラー(Doller)」または「着ぐるまー」という。あるいは、「着ぐる民」と呼称する場合もある。

オリジナルの着ぐるみ
オリジナルの着ぐるみとは、主に面の造詣が既存のキャラクターの造詣の真似や複製ではなく、着ぐるみ制作者もしくは発注者の自由な発想、意思によって作られた創造性の高い面の事を言う。

オリジナルの着ぐるみを着た者に求められるのは、その自由度と創造性の高さから、演技によって自己のキャラクターを作り上げる事である。また、基本のそのキャラクター及び、着ぐるみを着た者による演技の美しさなどが人々からの評価対象になる。

既存のキャラクター
既存のキャラクターの着ぐるみとは、主に面の造詣が既存のキャラクターの造詣の忠実なる再現であり、着ぐるみ制作者、または発注者の強い再現性実現への意志によって作られた忠実製の高い面の事を言う。

漫画、アニメなど既存のキャラクターを元にした着ぐるみは、自由な演技は出来ない。雰囲気、仕草、性格の忠実な再現、また時に体型補正まで求められる場合がある。故に、既存のキャラクターへの強い愛と、それに関する深い知識が無いと演じる事は出来ない。それどころかキャラクターの雰囲気を壊すと、そのキャラクターのファンから忌み嫌われる事となる。既存のキャラクターの着ぐるみを演じる者にとっては、自分が憧れのキャラクター自身になる事による究極的な満足感と快楽を得る事が出来る。

 写実的な着ぐるみ(主に人型)●
面の造詣が写実的であり、目や鼻、口なども現実に存在するかのような人間の顔の作りになっている物を言う。これはリアルマスクと呼ばれ、日本よりも海外で多く見かける。また写実的な面の多くは、オリジナル作品であり、現実に存在する人間の顔を模写すると言う事は少ない。

写実的な面を被る着ぐるみをする者は、現実に人間が着るような私服、事務服、制服を着る傾向があり、現実に存在する別人へ自分が変装している、変身している感覚に自己の内側に隠れた別の自分の発見に対する喜び、幸福、また隠れた別の自分を外側に出す事による快楽、開放感を得る。

 顔の出ている着ぐるみ●
顔の出ている着ぐるみとは、前述した通りに芸能人がテレビ番組やテレビCMで着るときに顔を出す穴が開いている物を指す。動物やアニメのキャラクターを模した着ぐるみのパジャマが近年流行し、キャラクターとなりきり・一体化する感覚がある。2000年前後に、この着ぐるみパジャマ姿で外出する事が一部で流行となり着ぐるみんと呼ばれ注目された事がある。これらは「かぶりもの」とも呼ばれ、いわゆる全身着ぐるみ(ぬいぐるみ)とは全く別物と見解する者も存在する。
 

 

 

 

 東京の首都高速道路走行中

 

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 前方に発見

空に大きな飛行船・・・

 

 

 

 

 

乗車と金額を検索してたら 下記に記事を発見・・・

「 今年(2010年)の4月から、東京や横浜を飛行船で遊覧できるようになりました! 

  ジャンボジェットよりも大きい「ツェッペリンNT」に乗って、地上300~600mあたりを低空飛行。 

         乗車料金は40分で6万3000円からと高めです...。」

        (Excite)(情報元:everything is goneさん)関連:日本飛行船公式サイト抜粋                                 

                               

詳しく調べて見たいのですが、「日本飛行船公式サイト」がwebしません

   民主党の事業仕分けに入ってしまったのかな?

     基本的に日本飛行船の組織を良く知らないので・・・どうしたか心配してます・・

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乗車料金は40分で6万3000円

  乗ってみたいですか?

 

鳥目線になれるからね・・

 

 

 

★飛行船のウンチク★   フリー百科事典

飛行船(ひこうせん、英: airship)とは、空気より比重の小さい気体をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力をつけて操縦可能にした航空機である。

概要 ●
機体の大部分を占めるガス袋(気嚢)には水素もしくはヘリウムがつめられている。通常、ガス袋は空気抵抗を低減させるため細長い形状をしており、乗務員や旅客を乗せるゴンドラや、エンジンおよびプロペラなどの推進装置が外部に取り付けられている。また、機体後部には尾翼があり、方向安定を得るとともに、取り付けられた舵面を動かして機首の方向を変えることができる。

20世紀前半には、大西洋横断航路などに就航していたが、1937年に発生した「ヒンデンブルク号」の墜落事故を契機に水素利用の飛行船の信頼性は失墜し、航空輸送の担い手としての役割を終えた。その後、広告宣伝用や大気圏の観測用等として、不燃性のヘリウムガスを利用した飛行船が小規模に使われている。

以上は有人飛行船であるが、最近ではラジコン飛行船の用途分野も広がり、中でも大規模プロジェクトである、地上局・人工衛星と並ぶ第三の情報通信網としての「成層圏プラットフォーム」飛行船が注目されている。地上20kmの成層圏に全長300m以上の大型無人飛行船を停留させ、無線通信の基地局として用いるというものである。基地局として必要な電力は飛行船上面に取り付けられた太陽電池でまかなう。地上局に比べ広範囲をカバーでき、人工衛星に比べ遅延時間が短く運用コストが低いという利点がある。「成層圏プラットフォーム」実用化に向けた取り組みは世界各国でなされており、日本では政府による「ミレニアムプロジェクト」の一つとして、成層圏滞空飛行船を利用した通信・放送サービスが計画された。2004年には、大規模に税金が投入され、北海道の大樹町多目的航空公園で、全長60mの実験機(ラジコンの軟式飛行船)の飛行試験が行われた。しかしながら、参加した専門家が少ない上に、多くのプロジェクト同様資金不足に陥り中止。現在、この時に使われた格納庫と運用場が残されている。

これとは別に、違法電波の発信源を特定する活動に飛行船を活用する実験が現在首都圏で行われており、実用化に向けて準備が進められている。

近年では、構造上不可能とされていた完全な球体型の飛行船も開発され、「ボール・オブ・ドリーム」という名で知られている。


歴史 ●
航空に関する年表も参照。

1852年9月23日 - フランスのアンリ・ジファールによって蒸気機関をつけた飛行船の試験飛行が成功。出力3馬力、時速8km。
1884年、シャルル・ルナールとA・C・クレプスによる初の電動飛行。塩化クロム電池と9馬力電動モーターを使い、7.5kmを23分間で飛んだ。
1897年にはユダヤ系オーストリア人のダーフィット・シュヴァルツによって、硬式飛行船が試作された。ツェッペリンはシュヴァルツの家族から特許を購入する。
 
ツェッペリンの飛行船 (1900)1891年のドイツでは、ツェッペリン伯爵が退役後に独力で硬式飛行船の開発に乗り出し、1900年には飛行に成功。1909年にはドイツ海軍に飛行船を納入し、1911年にはドイツ国内民間航路(ヴィルヘルムスハーフェン - ベルリン)を開設した。ツェッペリン伯爵の成功によりツェッペリンは飛行船の代名詞となった。
1901年フランスで硬式飛行船ルボーディⅠ号が完成。初の操縦可能な飛行船として成功を収めて軍から高く実用性を買われ、実質的な飛行船実用化の確立に至った。
1911年9月20日に、山田猪三郎が開発した山田式飛行船が東京上空一周飛行に成功した。
第一次世界大戦においては、ドイツ軍により軍用飛行船が用いられ、ロンドン空襲などを行った。
第一次大戦後、ツェッペリン伯爵の跡を継いだエッケナーは、ツェッペリン飛行船を使った長距離・国際的な民間航路の開設に乗り出した。
1924年に大陸縦断航路(ストックホルム - ベルリン - ローマ - カイロ - ケープタウン)を開設。
1925年に太平洋横断航路(上海 - 霞ヶ浦 - サンフランシスコ)開設
1926年にノルウェーの探検家アムンセンがイタリア製の飛行船ノルゲ号で北極を横断。
1929年にはツェッペリン伯爵号が世界一周飛行を行い、当時の飛行機の限界をはるかに超える長距離・長時間の飛行性能を見せ付けた。ドイツは第一次世界大戦の敗戦国ではあったが、飛行船の製造および運用技術ではアメリカやイギリスなどを引き離していた。
1930年10月5日早朝、イギリスの飛行船R101がフランス北部のボーヴェにて墜落。乗員乗客48名が死亡(生存者6名)した。以後、イギリスは飛行船計画を全面的に破棄した。
1933年 アメリカ合衆国ニューイングランド沖合にて、アメリカ海軍の硬式飛行船アクロン号が墜落。乗員73名が死亡(生存者3名)する、飛行船史上最悪の死亡事故となった。
1937年に大西洋横断航路に就航していたドイツのヒンデンブルク号が、アメリカ合衆国ニュージャージー州のレイクハースト空港に着陸する際に、原因不明の出火事故を起こし爆発炎上。この事故の後、航空機(固定翼機)の発達もあり、民生用飛行船は使われなくなっていった(→ヒンデンブルク号爆発事故)。
第二次世界大戦中のアメリカ海軍は偵察用の軟式飛行船の運用を活発化、終戦時には160機以上の飛行船を運用していた。
1959年 冷戦が激化。北極海方面から戦略爆撃機の侵入を危惧したアメリカ海軍が、大型飛行船を4基製造し、輪番制で警戒に当たらせた。だがこうした飛行船は1960年代中頃には、早期警戒機の登場や地上レーダー網の構築により運用は解消され、民生用に払い下げられた。民生用に転用された飛行船の多くは、広告用途などに広く用いられ、知名度の向上や安全性へのアピールに貢献したとされ、次世代の飛行船構想に繋がったと考えられる。

ヒンデンブルク号爆発事故 ●
 
ヒンデンブルク号爆発の瞬間詳細は「ヒンデンブルク号爆発事故」を参照

当時、ヘリウムはアメリカでしか生産されておらず、アメリカがナチス・ドイツへのヘリウムの供給を拒否したため、爆発の危険を冒しながらも水素ガスを利用していた。そのため、この事故は水素ガスによるものと推測され、水素ガスを使用する飛行船の安全性に対する信用は失墜し、以後水素による飛行船が使われなくなる原因となった。

しかし、NASAの元研究者アディスン・ベインは独自の調査・研究により、この事故は水素ガス爆発ではなく、ヒンデンブルク号の機体に使われていた布に酸化鉄と酸化アルミニウムをふくんだ塗料が使われており、これが折からの雷による帯電・放電によって火がつきテルミット反応が起きたのではないか、という説を提唱している。

理由はいくつかあるが、主として

当時の目撃証言や写真から、炎の色がオレンジ色だったということ(水素が燃えるときは無色)
当時の気象条件として雷雲が発生していて、ヒンデンブルク号はその中を突っ切るようなコースを取っていたこと
があげられている。

 種類 ●
 軟式飛行船

浮揚のためのガスを詰めた気嚢と船体が同一で、ガスの圧力で船体の形を維持する形式。重量やコストの面で有利であり、現代の飛行船はほとんどがこのタイプである。しかし、ガスの放出によって圧力が弱まると船体を維持できなくなる。突風などによって船体が変形するとコントロールを失ってしまう。また、一旦気嚢に穴が開くとガスの漏出が全体に影響するなどの欠点もある。また、船体の剛性が確保できなくなるため大型化に適しない。

 硬式飛行船、●
金属の枠組みを作ってそれに外皮を貼り、複数の気嚢をその内部に収納する形式。金属製の枠組みにより船体の重量が増加する欠点があるが、船体の強度が高くなるため大型化、高速飛行が可能。

ツェッペリン伯による飛行船がこの型である。

 半硬式飛行船 ●
詳細は「半硬式飛行船」を参照

ゴンドラを吊り下げる部分など一部分にのみ金属等による骨格を用いた軟式飛行船。たとえば骨格が3本と、第一次大戦時の飛行船と比べて明らかにそれが少ないツェッペリンNTがこのタイプである。

また、イタリアの飛行船『イタリア号』[1]。のように、気嚢の下半分のみに枠を持ったものもあった。これも半硬式飛行船と呼ばれていた。

現在、ツェッペリンNTが『半硬式』と呼ばれるように、ただ単に構造上において気嚢の半分だけが枠組みを持っているわけではないことに注意が必要である。

半硬式の利点として、硬式よりも骨格が少なく軽量化できるにもかかわらず、硬式飛行船と同様に大型化が可能である事、硬式同様に枠組みにエンジンや船室を取り付けられるので設計に柔軟性があり制約が少ない事がある。

たとえばエンジンと船室を離れた場所に設置できるので、船室内の環境が快適である利点がある。

 全金属製飛行船●
米海軍は戦前実際に全長44.5mの全金属製飛行船(ZMC型)を造ったが、当時はジュラルミンの薄板を300万本のリベットで接合するなどの苦労があり、主力飛行船型には採用されなかった。しかし現在の素材や接合技術を用いれば、こうした構造もまた十分再検討に値すると考えられる[2]。

日本国内での飛行船を用いた広告 ●
 
飛行船を用いた富士フイルム広告
ニッセン「スマイル号」キドカラー: 日立製作所のカラーテレビ、愛称は「ポンパ号」
積水ハウス: 岡本太郎デザインのレインボー号(社名等のロゴを書かずに飛んだ)
ダイワハウス
docomo
グッドイヤー
東京ドームにおける無線操縦による小型飛行船: スリーボンド、バンプレストなど
ニッセン: 「チョッピー号」「スマイル号」
アサヒスーパードライ号
フジカラー号
1984年のロサンゼルスオリンピックの際にフジフイルムがコダックを差し置いてオリンピック公式フィルムの権利を取得し、アメリカ合衆国上空をフジカラーのロゴが描かれた飛行船が飛んだ。アメリカ国民及びコダック社はさすがにプライドが傷ついたようで、その後オリンピックの公式記録フィルムは全てコダックが権利を得ている。
コダック号
フジカラー号の宣伝効果に対抗してコダック社も1980年代後半にコダックの宣伝飛行船を飛ばしている。1号が事故で失われ、2号も造船された。
コニカ号
上記2社に対抗すべくコニカも小西六からコニカへのCIの時期に飛行船を建造している。いずれもバブル経済華やかな時期であった。
Yokoso! JAPAN号
はるばるドイツから日本に来た。当初はロシア上空を飛行して日本に到着する予定だったが、諸事情から運搬は途中、コンテナ船に乗せられた。愛・地球博の閉会式でも飛ばされた。日本飛行船所属の Zeppelin LZ N07-100型(機体記号 JA101Z)。
BMW号
Yokoso JAPAN 号同様、日本飛行船所属の Zeppelin LZ N07-100型。

 

 

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